もし今、子どもにこう聞かれたら、あなたは何と答えますか。
「おじさん、夢は叶ったの?」
すぐに答えられる人は、たぶん、少ないと思います。目の前の売上、資金繰り、明日の段取り ── 日々、それで手一杯で、”夢”なんて言葉は、もう何年も、頭の隅に置いたままかもしれません。
そもそも、この問いには、逃げ場がありません。「まあまあ順調です」でも「厳しいですね」でもなく、叶ったのか、叶っていないのか。子どもは、そういう聞き方をしてくる。大人が普段使っている、便利な曖昧さが、通じないんです。
私も、そうでした。ある動画で、この問いを見るまでは。
不思議なもので、同じ問いでも、刺さる時期と、刺さらない時期があります。がむしゃらに走っている最中なら、たぶん聞き流していた。今の私に刺さったのは、一度、区切りをつけたあとだからでしょう。終わったはずなのに、まだ何かやっている ── その自分の立ち位置を、うまく説明できずにいたところに、この問いが飛んできたんです。
私の夢は、憧れではなかった
正直に書くと、私の夢は、そんなに立派なものではありませんでした。
あまり頭のいい子どもではなかったので、「社長になりたい」。それくらいの、ぼんやりしたものです。かっこいい経営者に憧れた、というような話でもない。
決定的だったのは、高校2年のときのアルバイトです。
自動車部品メーカーの工場でした。ラインの横に立って、流れてくる枠に、ヘッドライトのガラスを乗せていく。当時ですから、LEDではなく、ハロゲンのランプです。何時間かすると、今度はテールランプが流れてくる。その程度の変化はあるけれど、やることは同じ。一日中、立って、乗せて、また乗せる。
それを、1か月。
今でも、あの感覚は覚えています。手は動いているのに、頭が、どこにも行かない。時計を見ると、まだ30分しか経っていない。同じ動作を繰り返しながら、「この先、何十年もこれが続くとしたら」と想像して、背筋が寒くなりました。
もちろん、その仕事を続けている人を、悪く言うつもりは、まったくありません。あの現場を支えている方々がいるから、車が走っている。ただ、私という人間には、どうしても向いていなかった。それだけの話です。
そのとき、はっきり思ったんです。「この仕事は、自分には絶対にできない」。もっと言えば、「二度と、工場では働きたくない」。
そこから、「会社勤めはしたくない」という気持ちに、まっすぐつながっていきました。だから、私の夢は、キラキラした憧れから生まれたものではありません。”逃げたい現実”から生まれた夢でした。あの1か月がなければ、たぶん私は、起業していません。
そして、これは後から思うことですが ── 憧れから生まれた夢より、こういう”嫌だ”から生まれた夢のほうが、案外、しぶといんです。憧れは、時間が経つと色あせる。でも、「あそこには戻りたくない」という気持ちは、何年経っても消えない。苦しいときほど、背中を押してくれたのは、いつもそっちでした。
「社長になる」は、案外あっさり叶う
それで、その夢は叶ったのか。
結論から言えば、叶いました。しかも、わりとあっさりと。
社会に出て何年か勤めたあと、「辞めます、起業します」と言って、屋号を作る。「ソフトプランニングの代表、玉井昇です」と名乗る。それだけで、外から見れば、もう”社長”です。最初は個人事業主でしたが、法人化すれば、肩書きは、ちゃんとした代表取締役社長になる。
33歳のときでした。だから、「社長になる」という子どもの頃の夢は、その時点で叶っているんです。
拍子抜けするほど、簡単でした。届け出をして、名乗る。それだけで、昨日までの自分が、今日から”社長”になる。あんなに憧れていたものが、こんなに軽く手に入るのか、と少し戸惑ったのを覚えています。
でも ── ここからが、本当の話です。
社長になっても、食べていかなければいけない。売上を作らなければいけない。売上を作るには、商品やサービスがいる。名刺の肩書きは、一日で手に入るけれど、その先は、そう簡単ではありませんでした。
子どもの頃に思い描いた「社長」は、たぶん、椅子にどっしり座っている人の絵でした。実際になってみたら、椅子に座っている時間なんて、ほとんどない。売るものを考えて、客を探して、請求して、断られて、また考える。名乗った翌日から、そういう毎日が始まりました。
夢というのは、名乗った時点では、まだ形をしていないんですね。中身を入れるのは、そのあとの何年か ── そこが本番だった、と今なら分かります。
会社の終わり方は、4つある
長い時間をかけて、なんとか、一人で売上を立てられるようになりました。法人化して、会社にして、そして最終的には、事業を売却する形で、一区切りをつけました。
経営をやってきて分かったことですが、会社の終わり方には、だいたい4つしかありません。
- 事業を承継する(後を継いでもらう)
- 事業を売却する
- 自分で清算して、たたむ
- 倒産する
この中で、私は”売却”という形で終えました。いちばん悪くない終わり方だったと思います。
始めるときは、誰も終わり方の話をしません。でも、会社には必ず終わりがある。そして、どう終えるかで、その30年が、まったく違う色になる。私は運もあって、納得のいく形で幕を引けました。そのことには、素直に感謝しています。
だから、「夢は叶ったの?」と聞かれれば、一応、こう答えられるはずでした。
「叶いましたよ」と。
ところが、聞いていたのは、他人ではなかった
ここで、その動画の話に戻ります。
私は最初、「子どもが、大人に聞いている」場面だと思って見ていました。でも、そうではなかった。
聞いていたのは ──子どもの頃の、その人自身だったんです。
10歳くらいの自分が、60代になった自分に向かって、まっすぐ聞いてくる。「おじさん、夢は叶ったの?」と。
これが、途端に、答えにくくなる。
他人になら、「まあ、それなりにね」と、体裁のいい返事ができます。実績を並べて、売却まで行きましたよ、と言えばいい。でも、10歳の自分は、そういう言い訳が通じない相手です。あの頃の、何も持っていなかった、ただ「工場では働きたくない」と思っていた自分の目を見て、答えなければいけない。
そう思った瞬間、簡単には、うなずけなくなりました。
考えてみれば、あの頃の自分は、今の私が何を持っているかなんて、知りません。年商がいくらだったかも、何社のサイトを作ったかも、興味がないでしょう。あの子が知りたいのは、たったひとつ ── 「で、あんたは、なりたかったものになれたの?」ということだけです。
数字も肩書きも通用しない相手に、正面から答える。これほど、ごまかしのきかない問いは、そうありません。
「叶いました、おしまい」とは言えなかった
なぜ、うなずけないのか。
理由は、はっきりしています。私は、まだ、終わっていないからです。
60代半ば。でも、この先に、70歳も、80歳もある。ここで「はい、夢は叶いました。おしまいです」と言ってしまったら、その瞬間に、本当に終わってしまう気がしたんです。
これは、強がりではありません。人は、”もう終わった”と自分で決めた瞬間から、驚くほど早く老けていく ── そういう人を、私は何人も見てきました。逆に、いくつになっても「今、これをやっている」と言える人は、若い。差は、体力ではなく、追いかけているものがあるかどうかでした。
そして、気づきました。
「社長になる」という夢は、確かに33歳で叶った。でも、あれは”ゴール”ではなく、”通過点”だったんだ、と。叶えた瞬間に、その先が始まっていた。売上を作ること、商品を育てること、会社を終わらせること ── 全部、夢の”あと”に続いていた道です。
夢は、叶ったら終わりではない。叶えたところから、次が始まる。私は、それをずっと、体で経験してきたのに、言葉にしたことがありませんでした。
そして、もうひとつ。叶えた直後というのは、思ったほど、めでたくないものです。「やった」と思うのは一瞬で、そのあとに、妙な静けさが来る。次は何をすればいいのか、分からなくなる。あのぽっかりした感じを味わったことのある人は、たぶん、分かってくれると思います。夢は、叶えた瞬間より、そのあとをどう生きるかのほうが、ずっと長いんです。
だから今、また、新しい夢を追いかけている
正直に言えば、かっこ悪い話です。
一度、事業を売って、区切りをつけた人間が、60代でまた、ゼロに近いところから何かを立ち上げようとしている。「もう十分でしょう」と言われても、おかしくない。
でも、今の私には、はっきりしたテーマがあります。
昔は、「何でもいいから社長になりたい」でした。今は違う。この時代 ── AIとデジタルの時代に、自分のやり方で成功したい。そのために、新しい商品とサービスを、今まさに作っている最中です。
若い頃との違いは、はっきりしています。あの頃は、”何になるか”が夢でした。今は、”何をやり切るか”が夢です。肩書きはもう要らない。ただ、この時代に自分の手で、もう一度、形にしたい。それだけです。
うまくいく保証は、どこにもありません。うまくいかない日のほうが、正直、多い。それでも、朝起きて、まだ考えているということは、たぶん、まだ終わっていないということなんだと思います。
60代で、また新しい夢を立てて、それに向かって進んでいる。それが、今の私です。
だから、10歳の自分にはこう答えます。
「叶ったよ。……でも、まだ途中なんだ」と。

あなたなら、なんと答えますか
社長という仕事をしていると、いつのまにか、夢を語らなくなります。
数字で生きるようになるからです。売上、利益、資金繰り。それが現実で、夢なんて青臭い、恥ずかしい、と思うようになる。でも、最初に会社を始めたときの理由は、数字ではなかったはずです。私だって、工場のラインの横で「こんな人生は嫌だ」と思ったところが、出発点でした。
そして、夢を語らなくなった社長は、少しずつ、疲れていきます。数字だけを追いかけていると、良い月と悪い月に振り回されて、自分が何のためにこれをやっているのか、見えなくなるからです。逆に、追いかけているものがある人は、悪い月でも、案外へこたれない。向かう先があるかどうかは、経営の”体力”にも、はっきり効いてくる気がします。
夢が叶ったかどうかより、大事なことがある気がします。
それは、まだ追いかけているか、ということ。
叶えて、そこで止まってしまった人もいる。叶わないまま、諦めてしまった人もいる。どちらも悪いことではありません。でも、10歳の自分に胸を張れるのは、たぶん、”まだ途中だ”と言える人なんじゃないか。私は、そう思うようになりました。
それに、”まだ途中”と言えるうちは、何歳でも、やり直しがきくということでもあります。60代で新しいことを始めるのは、正直、しんどい。若い頃のような体力も、勢いもない。でも、経験だけは、あの頃より圧倒的にある。だから、これはこれで、悪くない挑戦だと思っています。
今日、一度だけでいいので、自分に聞いてみてください。
10歳のあなたが、目の前に立っています。まっすぐこちらを見て、こう聞いてきます。
「おじさん、夢は叶ったの?」
さて ── あなたは、なんと答えますか。


